決して切り離せないもの
名作映画「ショーシャンクの空に」で人間と音楽という関係性について印象的なシーンがある。
主人公のアンディーは長年の刑務所生活を送っていた。
服役者の娯楽は厳しく制限され、労働をするほかには本を読むか眠るぐらいしか時間をつぶす方法はない。
もちろんセフレサイトを見るなんて論外な状態。
そんな状況下であるときアンディーは刑務所の方針に逆らい、モーツアルトの「フィガロの結婚」を刑務所のスピーカーから流す。
すると、様々なところでそれぞれの作業をしていた服役者たちの動きが止まり、その美しい旋律に思わず聞き入ってしまうのだ。
アンディーは数カ月の間、光の閉ざされた独房に入れられてしまうが、そこから出てきて仲間と再会したアンディーはどこか晴れ晴れとした表情をしていた。
そうしたアンディーを訝しんだ仲間に対して、アンディーは「音楽を聞いていた」と答える。
何もない独房の中でどうやって音楽を聞くのだと不思議に思う仲間たちに対してアンディーは、自分の頭を指差し「音楽はここにある。
音楽は誰からも奪えない」と言う。
この映画に倣えば、音楽とは人間の肉体に深く刻まれたものであり、それは決して切り離せないものである。
ライブチャットも同様ではないだろうか。
性欲が生殖に必要なものだとしたら、行為の直前にだけ性欲が高まるような身体的特徴になっているはずだ。
にもかかわらず、私たちはセックスの機会が無い時でもどこかムラムラしたエロスを感じずにはいられない。
そしておのずと18禁動画を見てマスターベーションをする。
それは18禁動画を求めるという行為が音楽のように私たちの身体に刻まれているからではないだろうか。
